私が結婚する前の話だ。 ある日、我が家にジョリーがやってきた。 彼はデカイ。 グレート・ピレニーズとかピレニアン・マウンテンドッグと呼ばれている超大型犬なのだ。 もちろん彼だって子犬時代は小さかった。 私の「ひざまくら」ならぬ「ひざベッド」に全身を乗せて眠り込んだことだってあったのだ。 そんなジョリーが生後3ヶ月の頃、試練を与えねば・・・と私たち飼い主は考えていた。 これからどんどんデカクなるジョリーに、きちんとした躾けをしなくては、と思っていたのだ。 3ヶ月の頃でさえ、既にそのへんの小型犬よりもずっとデカイ。 グイグイとリード(犬の首輪をつなぐひも)を引っ張るジョリーとの散歩に、危機感は日ごとに増していった。 そこで行きつけの動物病院の紹介もあり、訓練所に通ったらどうだ、ということになったのだ。 そこの訓練所の特徴は、飼い主も訓練に参加することだった。 犬だけを訓練しても、家の者の言うことは聞かず、訓練士の言うことなら・・・という話はよく耳にする。 しかしこの訓練所は犬よりも飼い主を訓練する、という方法をとっていたから、我が家でもそれなら大丈夫だろう、ということで意見の一致をみて、ここに通うことになった。 ジョリーを訓練所に連れて行くのは私の役割だった。そして家族に内容を伝えるのも当然私の役割だった。訓練所の費用負担も私の役割だった。 もともと私が責任を持つ、といって飼い始めたようなものだったから致しかたない。 そうして始まった訓練所通いは、意外に楽しかった。 家から訓練所まで車で約40分。けっこうな距離だったが、車の運転が好きな私は全く気にならなかった。ジョリーとふたり(正確には一人と一匹)でドライブ気分を楽しんでいたくらいだ。 運転しながらジョリーを相手にいろいろな話もしてたし、交差点の信号待ちで、通行人が窓から鼻先を出すジョリーを見て、多分その大きさに驚いているのを少し愉快に思ったりもした。 帰りには河川敷の草原でジョリーを放し、ボール遊び(といっても持って帰っては来ないのだが・・・)で思いっきり走り回った。 ジョリーは車酔いもなく、逆に車に乗せてもらえるのを心待ちにしているようだった。 私が車のキーでチャラチャラと音をたてると、今まで眠っていたはずが、パッと飛び起きて、私の周りをウロウロと嗅ぎまわるのだ。 私はジョリーとのカーライフを満喫していた。 そう、訓練所への行きと帰りは楽しかったのだ。 訓練所そのものが私にとって楽しかったか?と問われると、ちょっと即答できない。 知らなかったことを教えてもらえる、という発見のおもしろさは確かにあった。 しかし訓練士である先生は、口数が少なく仏頂面、といったら失礼だが、日頃は人とはあまり接することがなく、犬となら心を通わせることができる、といった感じのするタイプだった。 私は、熊を狩るマタギっていうのはきっとこんな感じの人がやってるんだろう、などど勝手に思ってしまった。 職人気質を漂わせた先生は、必要最低限の言葉で私を指導してくださった。 一番悲しくなってきたのは、訓練スペースを囲む金網にリードを引っ掛け、その場で足踏みをして散歩の練習をした時だった。 ジョリーがリードから開放され、自由に訓練スペース内を探索しているのを尻目に、私は先生に「よし」といわれるまで訓練を続けていたように記憶している。 毎週末の訓練を3ヶ月ほど続け、先生にも「こんなもんでしょう」と言っていただけて訓練は終わった。 ジョリーは「フセ」「オスワリ」「マテ」「コイ」といった生活に必要なことはできるようになっていた。 そして散歩の時にもリードを引っ張らなくなった。 一番の重要課題としていたことができるようになったことで、訓練所に通ったかいがあったと言ってもいいだろう。 『名犬ジョリー』となる日は近いかもしれない。 もうひとつ、ジョリーによって姿を変えたものがある。 それは私の車だ。 ジョリーを飼うまでは、毎日毛ばたきで埃を落とし、月に一度はワックスをかけ、ピカピカの状態を保持していたが、ジョリーを乗せるようになってからは、やる気が失せてしまった。 私の車は1300ccの3ドア小型普通車であった。 窓を締め切っていると犬には良くないらしいので、顔が出るかでないかぐらいだけ、窓を開けて走行していた。 ジョリーは風を感じていたいのか、私の頭の後ろでハァハァいいながら窓から口を出していたのだが、その結果、窓からジョリーのよだれが飛び、車にベットリと付着することとなった。 透明な液体だが、これがいくら洗ってもキレイにならないのだ。 車内に張り付いている白く長い毛は、ガムテープを使えば簡単にキレイになるが、外側はどうにもならなかった。 そしてジョリーが1歳になる前に、この車は買い換えることになった。 今度は2000ccの5ドアワゴン車だ。 ジョリーのために、と言っても過言ではない。 ジョリーをトランク部分に乗せ、人間が4人乗れないこともない。ジョリーを連れて家族旅行ができるのだ。 デカクなったジョリーと車。華麗に変身した彼らのおかげで、私の関心は犬と遊ぶことばかりに向いてしまった。 犬のイベントに参加したり、犬も入れるテーマパークに出かけたり、会社で犬を飼っている人と『愛犬友の会』なるものを作って、犬といっしょに遊ぶ機会を持ったりもした。 毎週末は、デートのデの字も無く、ジョリーと私はベッタリだった。 両親は結婚適齢期と世間一般でいわれている年齢である私の行動に憂いを抱いていたようだ。 幼い頃から男の子と間違われ続け、社会人となってからやっと色気も出てきたかと思った娘が、ここへきてジョリーと車に給料の大半をつぎ込んでいたことを考えると、その気持ちも今となってはわからないでもない。 しかし今では結婚もでき、子どもも3人いるのだから、まぁよし、として欲しい。 どうやら私もいつのまにか変身していたらしいのだ。 |
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