女ごころ



「ねぇ、みちる。今日オフだろ?」
 2月も下旬のころ、はるかはみちるを誘った。
「ええ。どうかして?」
「海辺でさ、バイク走らせてて見つけたんだ。梅の花。たくさん咲いててキレイだったんだゼ。いっしょに見に行かないか?」
「よくってよ」
 はるかにその笑顔と共に誘われて、みちるが断るはずもない。
「じゃあ、支度するわね」
 みちるはそう言って自室へ向かった。
 しかし二つ返事で了承したものの、みちるはじぶんでも理由のわからないためらいを胸に残していた。
 自室のクローゼットを開き、あれこれと服を取り出してみる。
 その日はニュースで「3月下旬の暖かさです」と言っていたほどの陽気だった。
 重いコートは必要ない。白いブラウスに淡いグリーンのセミロングフレアを選んでみる。一度手にとったものの、やはりピンク系の色にしようかと思いハンガーに掛け直す。スカートの色に合わせてジャケットを選んだが、スカーフの色まで同じにしたら少しくどくなるような気もした。やはりジャケットは別の色にして、スカートの色に合わせるのはスカーフだけにしようと思い直す。
 アクセサリーは・・・と考え出したところでみちるはふと、何故こんなに時間をかけて身支度をしているのだろう、と思った。
 はるかと出かける時は、いつも心をときめかせて楽しいながらも手際よく身支度を整えていた。
 楽しい気持ちは変わらない。けれど今日は何か違った。
 はるかとキレイな花を見に行くだけなのに・・・。
 みちるはそう思って、手に取ったアクセサリーを元の場所に戻した。
「お姫さま、準備はできたかい?」
 ノックと同時にはるかが扉の向こうで声をかけた。
 その瞬間、みちるは自分の気持ちに気が付いた。
「私ったら・・・ヤキモチね」
 みちるはクスッと笑うと、今行くわ、と返事をした。
 扉を開けると、はるかが薄手な黄色のセーターにベージュのスラックス、といういでたちで立っていた。
「あ・・・れ・・・?」
 はるかは部屋から出てきたみちるを見て、ドキッとして立ちすくんだ。
 みちるは、はるかが顔を赤くしたことに気付いてイタズラっぽく言った。
「どうかしたのかしら?王子様」
「い、いや。何だかいつもよりキレイだな・・・と思ってサ・・・」
「まぁ、うれしいわ、はるか」
 みちるはそう言うと、ますます赤くなるはるかの脇をすり抜けて、小走りに玄関へ向かおうとした。
 自分の高鳴ってくる鼓動がはるかに聞こえてしまいそうで、少し恥ずかしかった。
「待って、みちる。目的変更しよう」
「え?」
 はるかの意外な申し出にみちるは立ち止まった。
「キレイな花を見に行くんでしょ?」
「行くよ。でも・・・」
 はるかはみちるに近寄って、そしてそっと耳打ちする。
「花を見に行くんじゃなくて、花に見せに行こう。キレイな君をサ」
 今度はみちるの顔がみるみるうちに赤くなった。
「もう、はるかったら」
 それから間もなく、ふたりの笑顔を乗せて、はるかの愛車が風を切って走り出した。


END

>あとがき



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