朝日が昇る直前の静かな時間。
前日の疲れからか、ボクは珍しくみちるよりも早く目が覚めた。
昨日・・・。初めて人を殺めた日・・・。
光の粉となって散った命を黙って見つめるしかなかった。使命なのだと理解していても、心の片すみで悲鳴が聞こえる。
ボクはベッドから起き上がり、出窓に腰かけて外を眺めた。街はもう静かに動き出していた。この街ではいろんな出来事が多すぎて、昨日のボクたちの出来事なんてそのうちのひとつに過ぎないのかもしれない。誰かひとりの行方が分からなくなるなんて、きっとよくあることなんだ。
そう考えれば幾分か気持ちが楽になる気がした。
ふいに一筋の光がボクを照らした。
ビルの隙間から顔を出した朝日の清らかな眩しさに、ボクはやり切れなさを感じて目をそらした。
ベッドを見やると、ボクのマーメイドが朝日に照らされ起き上がって来ていた。
「あら、今日は早起きなのね、はるか」
みちるを包んだ朝日のきらめきが、彼女をよりいっそうに美しくさせていた。
ボクはみちるに歩み寄り、何も言わずにその体を強く抱きしめた。
ボクはみちるから離れることができなかった。離れたらみちるまで消えてしまいそうな気さえした。
「はるか、どうしたの?」
きっと今のボクは情けない顔をしていたんだろう。そんな顔をいつまでもみちるに見せていたくなかった。笑顔で『おはよ』って言うつもりで、みちるを抱きしめたまま顔の曇りを消そうと努めていた時みちるが言った。
「昨日のこと・・・?」
みちるの言葉に、抱きしめていた腕の力がフッと緩んだ。
「ごめんなさい・・・。この道に引き入れてしまったのは私。あなたを苦しめてしまっているのよね。ごめんなさい、ホントに・・・はるか・・・」
「ち、違う。選んだのはボクだ。」
みちるの問いかけを肯定するかのように、ボクは努力虚しく情けない顔でみちると向き合った。
「やっぱり昨日のことなのね?」
後悔とも取れる深い悲しみが、みちるから香水のように淡くただよっているのをボクは感じた。
「昨日のことはボクのミスだから。それにこの道を選んだことは後悔してないよ」
ボクは再び笑顔を作るよう努めた。ぎこちなかったかもしれないけど。
「ちょっと自分のしたことに驚いているだけなんだ。君は一人でやってきた。ボクには君がいっしょにいてくれる。大丈夫さ」
「そう・・・?」
みちるは眩しそうに朝日を見つめていた。
ボクはみちるの横で同じように朝日を見つめながら、ふと頭をよぎった疑問を口にした。
「朝日ってなんだと思う?」
自分でも唐突だと思ったこの質問に、みちるは驚きもせずじっと朝日を見つめている。
ボクは溜息混じりに自答した。
「希望かな・・・。人によっては絶望・・・か」
するとみちるは軽く微笑みながら言った。
「始まりだと思うわ」
ポツリと。しかし凛とした声がボクの心を貫いたような気がした。
そんなボクを見て、みちるが言葉を続けた。
「そうじゃなくて?希望も不安も喜びも、そして悲しみも。昨日とは違うまったく新しい時間の始まりだわ」
そうか、と思った。そしてボクはみちるの言葉に付け足しをした。
「まだ失敗のない・・・か」
確か『赤毛のアン』の一節で同じような言葉があった。
『明日はいつも新しい日。まだ失敗のない』
ボクはそれを思い出した。
「昨日の失敗よりも、今日という新しい時間を大切にしなきゃな」
そうだ、と自分の気持ちが吹っ切れたのを感じた。
決して平気な訳じゃない。
本当は別の道を歩んで行きたい。
でも・・・・・・。
「みちる、ちょっとドライブにでも行かないか?」
「よくってよ。海辺のドライブ?」
「もちろん」
キーを片手にボクは思った。
みちると一緒で・・・よかった・・・と。
END
>あとがき